しろ(しなさい) と するな(してはいけない)
私が忌避するパターンの本やブログ記事のタイトルが2つあります。
1つは「〜しろ(しなさい)」というパターン。
もう1つは「〜するな(してはいけない)」です。
理由は単純かつ幼稚で、「そんなん言われたないわ」という反発心が9割です。
正直、この手のタイトルが「釣り」だというのも理解しているつもりです。
インパクトのある言葉で先ず人を掴まえる。
戦術としてある程度有効でしょう。 *01実際、私がリスペクトしている方の本にも何冊かこの手のタイトルを冠したものがあります。本のタイトルというのは、著者さんだけでなく諸事情絡んで決まるみたいですから。
そして、本のタイトルが内容を全て表しているわけでもありません。
ですが、その上でちょっと考えてみてください。
貴方がその本を読んで何かを決断して行動したとします。
その結果が思わしくなかった場合、その結果は誰のものですか?
そうですね。
私達自身のものです。
本にどんな内容が書いてあったにしろ、それを選択し、行動したのは自分自身です。
その結果となる成功も挫折も私達自身のものなのです。
ところが、「〜しろ(しなさい)」や「〜するな(してはいけない)」という言葉は、それを薄めます。
「だって、あの人が言っていたから」「だって、あの本にこう書いてあったから」と。
違いますよね。
自分の中に確たる芯があって、どの様な言葉で書かれていようと、その真意を汲み取り自身の糧にできるだけの度量があれば良いのですが、恥ずかしながら、私はとても影響を受けやすい性分なので、そこについては全く自信がありません。
ですから、私は「〜しろ(しなさい)」や「〜するな(してはいけない)」というタイトルの本やブログ記事は、あまり読まないようにしているのです。
この時期、特にこの手のタイトルを冠した内容が氾濫しますが、飛び付く前に先ず「自分は何がしたいのか?」を心ゆくまで自問してみたいと考えています。
脚注
↩01 | 実際、私がリスペクトしている方の本にも何冊かこの手のタイトルを冠したものがあります。本のタイトルというのは、著者さんだけでなく諸事情絡んで決まるみたいですから。 |
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