日刊 あおのうま Vol.976(2013.07.20)【こういうのも羽根を伸ばしたと言うんだろうか】

投稿者: | 2013/07/20

遊びというのは、真剣であればあるほどおもしろい。

よく言われることですが、なかなかそれを実感できる機会というのはないものです。
今日は久方ぶりに楽しい時間を過ごすことができました。

 

午前 と 午後

今日の午前中は京都まで足を伸ばして、京都タワーのスタバでノマド。
そして、午後からは麻雀を楽しんでおりました。

久方ぶりの麻雀でしたが、やはりこのゲームはおもしろい。

運、思考、駆け引き、状況判断、性格、感性、…etc.
およそ人生の縮図のごとしです。

まあ、そう言ってしまうと、人間の営みは万事がそうなわけですけれどね。

ともあれ、休日を朝から晩まで堪能した一日でした。

 

思考 と 冗長化

私は基本的に物事をフラクタルに見る傾向があります。
つまり、何かは大概が何かの縮図であり、同時に何かの拡大図でもあると。

で、普段システム関係の仕事をしていると「冗長化」という考え方をよくします。

これは、サーバーなどに何かあったときでも、システム自体は問題なく稼働し続けられる様に、複数台の同じ(あるいは相互に補完可能な)構造を用意してやることを指します。

このシステムの冗長化を人間という種に拡大した場合、繁殖そのものが冗長化の1つだったりします。

で、いったん「種」に拡大した冗長化を、今度は「個体」の更に「思考」という領域に適用してみた場合、はたして「冗長化」は存在するのでしょうか?

例えば、メモや写真、ビデオ、Evernote などは「記憶」の冗長化と言えるでしょう。

では「思考」の冗長化は?

人間って思考を「切り替える」ことはできても「同時に複数のことを考える」ことって出来ないと思うんですよね。

でも、記憶が外部記録媒体によってある程度の冗長化を獲得した以上、思考に同じことが起こらないとも言い切れない。
あるいは、私が知らない__あるいは認識していない__だけで、すでに何かあるのかもしれない。

そんな、みょーなことを考えたりした休日でした。

 

妻の旅行 と ひとりの夜

今日は妻が旅行で不在。

ひとりの夜を過ごしております。

寂しいなあと思いながら、でも、その感覚も好ましく。

ええ年齢のおっさんが何言うてるんでしょうな…。

 



 

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