日刊 あおのうま Vol.1196(2014.02.25)【モラトリアム】

投稿者: | 2014/02/25

四十男 と 自分探し

「自分はいったい何がやりたいのか?」

もう不惑も越えたおっさんが、未だに若者の自分探しの様なことを考えています。

今まで万事が「なんとなく」で何とかなってしまった事のツケが来ているようです。
これといった不満はありませんが、このまま死にたくはないという、非常に漠然とした恐怖が常に心の片隅にへばりついています。

結局のところ探して見つかる自分なんぞどこにもありはしなくて、何かに本気で取り組んだ結果が自分を形作るなんてことは、とっくに知っているはずなのですけれどね。

足りないのは切迫感なのでしょうか。

でも、切迫感に追い立てられ続けるのって楽しいか?

たぶんピースはとっくに揃っていて、完成図もある程度視えているんだろうな。
ただ、それを「見たくない」「見ようとしていない」だけで。

このまま行くと、親の死という避け得ないトリガーが引かれた時に、そこに直面することになる。

その前に向き合う覚悟を決めなくては。
いつまでも「わからない」では済ませられないのだから。

 

やりたいこと と できること

「やりたいこと」なんて探そうとするからあかんのかな。
「できること」を書き出してみたら、何か見えてくるかもしれない。

 



 

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