日刊 あおのうま Vol.957(2013.07.01)【切り出す前に広げてしまった】

投稿者: | 2013/07/01

好みの軸 と 有用性の軸

@nokiba さんの、以下の記事を読んで思ったこと。


さほど気に入っている様子もないアウトライナーツールを使う@nokiba さんの意図が理解できなかったので、上記の様なツイートを流しました。

すると、ありがたいことに@nokiba さんからリプライが。

で、その後さらにしつこくあれこれと聞いた結果。


 

ちょっとした驚き

上記の様なやりとりから推察するに、@nokiba さんはアウトライナーツールを使用するにあたって、「好み」の評価軸と「有用性」の評価軸を、個別のものとして扱っている様です。

これは私にとって驚きでした。

何らかの制限下にある場合を除いて、有用性の評価軸が好みの評価軸に歪められない__あるいは然程影響を受けている様に見えない__状態というのが想像し難かったからです。

 

好みと有用性

人はだいたいにおいて有用性の高いものを好みます。
誰でも便利なツールは好きなのです。

或いは、好みのものであれば、多少の不便さには目を瞑るという傾向もあります。
Macを気に入っていれば、TaskChute の実行環境に__今は__向かずとも、そこは折り合いをつけて使用します。

 

好みでないものを選ぶ理由

しかし、好みでないツールを「有用だから」という理由で利用できるか?と問われると、首を傾げてしまうのです。

道理では理解できます。
目的があり、求められる仕様があり、それを最も満たすツールがある。
であれば、それが好みであろうとなかろうと、それを使用する。

至極まっとうな意思決定の流れです。

 

嗜好を切り離した合理性の存在

ですが、アウトライナーという比較的好みに左右される傾向の強いツールにおいて「有用だから」という理由で、好みに沿わない__しかもアウトライナー自体が好みでない!__モノを利用するというのが腑に落ちなかったのです。

好きじゃないなら、違うツールを求めるよね?と。

ところが、先にも述べたように、「好み」の評価軸と「有用性」の評価軸を自分の中で別個に扱えるのであれば、話は違います。

たとえそれが「好きではない」ツールであったとしても、「有用」でありさえすれば充分ということもあり得るのです。

 

夢想 と 現実

私の場合、「好みでないが有用なツール」があるならば、どうしても「好みに合って、かつ有用なツール」というのを夢想してしまいます。

ですがそれは、「理想のツール」が「手の届く範囲に存在する」という状況がなければ、単なる無いものねだりです。
無いものねだりをするぐらいなら、実際に利用できる「好みでないが有用なツール」を使う方が、よほど現実的な解と言えます。

 

「理想のツール」という青い鳥

とは言え、この「理想のツール」という青い鳥を追う旅は非常に魅惑的です。

なにせ「理想」ですから。

これを追わない人生に何の楽しみやあらんというわけです。

しかして、今日も届かぬ理想を目の前にぶら下げつつ、あちらへフラフラ、こちらへヨロヨロしているのです。

 

見極めどころと方法は?

@nokiba さんの様に感情の軸と現実の軸を上手に切り分けるには、何らかの見極めの基準と方法が必要ではないかと考えます。

噛み砕いて言うと「これ以上は現状望んでも無駄」という損切りポイントの決め方です。

おそらくこれまで散々@nokiba さんが言ってきたことの中に答えはあるはず。

もう1度、手元にある@noliba さんの本を読みなおしてみましょうかね。

 



 

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